なでる。それが、供養になる。

なでるこつつぼ、デザインの素。
人は、
大切なものに、触れたくなる。
赤ちゃんの頭をなでる。
愛犬の背中をなでる。
好きな人の手に触れる。
そこには、
「こうしよう」という意思よりも先に、
自然に出てしまう気持ちがある。
言葉になる前の感情。
考えるより先に動く手。
たぶん、人は昔から、
そうやって愛情を伝えてきたのだと思う。
けれど、供養となると、
どこか「きちんとしなければ」と思ってしまう。
手を合わせる。
姿勢を正す。
ちゃんと祈る。
もちろん、それも大切なこと。
でも、もっと自然で、
もっと日常の中にある祈りがあってもいいのではないか。
そう考えて生まれたのが、
「なでる骨壷」です。
この骨壷は、
“見るため”のものではなく、
“触れるため”にデザインされています。
自然と手に収まる大きさ。
角のない、やわらかな形。
つい、指でなぞってしまう木の質感。
気づけば、なでている。
「祈ろう」と思う前に、
もう触れている。
そんな状態を目指しました。
従来の供養は、
少し特別な場所にありました。
仏壇の前。
法事の時間。
節目の日。
でも、本当は、
もっと曖昧で、
もっと日常の中にあるものなのかもしれません。
朝、ふと触れる。
帰宅して、そっとなでる。
テレビを見ながら、なんとなく手を置く。
それだけで、
ちゃんとつながっている気がする。
悲しみは、なくならない。
でも、なくさなくてもいいのだと思います。
無理に忘れなくてもいい。
前向きになろうとしなくてもいい。
ただ、触れる。
その小さな行為が、
少しだけ心を落ち着かせてくれる。
「なでる骨壷」は、
悲しみを消す道具ではありません。
悲しみと一緒に、
生きていくための道具です。
供養とは、
手を合わせることだと思っていました。
でも、もしかしたら。
大切な存在に、
そっと触れたくなること。
その気持ちそのものが、
もう供養なのかもしれません。
なでる。
それが、供養になる。

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